気ままな旅 その69(長門粟野駅)
14時頃、長門粟野駅に着いた。では、さっそく見ていこう。

木造ながらしっかりした造りの駅舎だ。青地の駅名扁額は国鉄時代のものに違いない。
長門粟野駅は1930(昭和10)年に美祢線の長門古市-阿川間延伸時に開業した。そして、1933(昭和8)年に山陰本線に編入される。開業当初は扱っていた荷物や貨物は1984(昭和59)年までに廃止され、国鉄時代の1986(昭和61)年に無人化。翌年に民営化されて現在に至っている。

奥には古びたトイレが。

駅前にはソテツやツツジが植わるミニ庭園と電話ボックスがある。国鉄ですね。

駅前通り。

入り口。以前は駅まで代行バスが来ていたようだ。地図によるとここから漁港まで約700メートルほど離れているようだ。かつてはその漁港から向津具半島との間を結ぶ渡船が運航されていたという。そういう旅客もこの駅を利用して賑わったのだろう。

バスのりばが変更になったのは2024(令和6)年の6月のことです。

出札口もきっぷ売り場も塞がれて、地元の粟野小学校の児童が書いた絵が飾られている。

しかし、その粟野小学校は2020(令和2)年に残念ながら閉校になっている。

運賃表。

改札はなく、サッシ戸があるだけ。昔はあったのかもしれない。上の緑っぽい四角は多分山陽本線でもよく見かけた「まもなく○○方面の列車が来ます」の掲示板だったのだろうと思う。その横には山陰本線と代行バスの時刻表がある。

「改札」を出てみる。木の柱や奥の駅事務室と思われる部屋が歴史を感じさせる。

手前に見えるコンクリートは跨線橋の橋台だ。構内踏切ではなかったんだ。

この島式ホームは1976(昭和51)年9月に設置されたとある。このときに古いのから付け替えたのだろう。

長門市方面。レールが途切れているのが痛々しい。

ホームに渡って、同じく長門市方面を見る。ホームの端の出っ張りは跨線橋のホーム側の橋台。長門粟野が棒線駅化されたのは2017(平成29)年のことで比較的最近のことだ。

下関方面。長門粟野が島式ホームであったことが分かる。白線ではなく、点線なのが昔のホームらしい。

ホームから駅舎をのぞむ。棒線駅化されてからと思われるが、スロープが設けられている。もうレールは敷かないということか。跨線橋はこのとき撤去されたものと思われる。

ホームの駅舎寄りに上屋があって雨がしのげるようになっている。

いいですね。この雰囲気。ホームと駅舎の間のスペースが広いのは島式の廃棄した1本と貨物用の側線があったため。

駅名標。次は阿川。駅舎がお洒落な喫茶店になってました。

レールはあるけど、途中で切れているのでここには列車は入れません。隣の貨物用側線はもっと前に廃棄されたらしくバラストは白っぽく、ほとんどなくなっている。

上の写真の反対側。向こうに貨物用ホームが見える。長門粟野が貨物を扱っていたことを今に伝える貴重な遺構だ。

旧詰所かな?

これは駅名標ではなく、名所案内の跡だったかも。もしそうだとしたら玉江駅にはあっただけに残念。どんな名所が記されていたか大いに気になる。

長いホームだ。この辺りにも上屋があったような痕跡が残っている。

ホームの端に立つ。向こうのほうにクレーンが立っている。何やら物々しい工事をやっているようだ。こちら側もポイント付近でレールが切れている。

ホームの端から駅舎側(長門市方面)を見る。レールやホームには枯れ草が残り、まるで廃線のようだ。

この遺構は何だろう。車止め?

詰所と桜と貨物用ホーム。なんだかジオラマ用にあるのではないかというような情景。

このセメントで舗装されたスペースも貨物と関係がありそう。何に限らず、こういう遺構を見るとその現役時代どう使われていたのかが知りたくなる。山の中なんかで廃棄された小屋とかセメント造りの何やら分からない建造物とかあるじゃないですか、ああいうのが気になるんです。

貨物用ホームの向こうには何やら大きな倉庫が見える。かつては農協があり、今でも近くに漁協があるからその関連か?

やっていないけど、駅前には桜井食堂というのがある。昔は仕事帰りに秋から下りると立ち寄ったお父さんが大勢いたんだろうなぁ。

これはやっていないJA。

こんな電器屋さんもある。が、ここもやってなさそう。昔はちょっとした街にはどこにでもありましたよね。左にチラッと映っているのはあわの薬局。ここが駅前で唯一営業している店のようだ。

仕出しと食堂を兼ねていたらしい金ちゃん。ここもやっていないけど、入り口がモダンな感じ。他にも昔は駅前にタクシー会社もあったようだ。

この道は旧赤間関街道の北浦道筋。道の曲がり具合が何となくそれっぽい。見吟に見える標語が何かいいですね。

下関方面。

長門市方面。ちなみに向こうのレールが使用中。

駅前にはこんな横断幕がある。

それがこれ。ホームから見えていたクレーンです。長門粟野を出て撮りに行きました。2023(令和5)年の豪雨災害でこの橋が傾いたため、山陰本線は運休。今も復旧工事が行われている。早くこの橋を列車が渡りますように。
長門粟野駅と粟野橋梁をセットでお送りしました。合わせて15分ほど。つづいて次の目的地へ向かう。が、予定はかなり押していることだろう。楠君には申し訳ないことをしています。今回はこんなところで。







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