夜行鷲羽

2025年12月27日

さて、今日は久しぶりに時刻表ネタと思って、前回の続きで四国内夜行の下りをやろうかなと考えていると、すべての資料が手元にないことに気付いた。最後の1、2年だけ実家にあるのだ。なので、それはまた今度。というわけで、代わりに同じく四国連絡のうち、宇野線を走った急行「鷲羽」の夜行列車について見ていこうと思う。

急行「鷲羽」は言わずと知れた関西と宇野を結ぶ急行列車(登場当初は準急)で、山陽新幹線岡山開業直前には季節列車を含め11往復が運行されていた。また、シーズンには臨時列車数往復も設定されていた。当時の宇野線は急行「鷲羽」11往復のほか、特急「うずしお」3往復、夜行急行「瀬戸」2往復、伯備線・山陰本線経由の急行「しんじ」2往復、その「しんじ」に併結されていた津山・因美線経由の急行「砂丘」1往復も走っており、正に百花繚乱、時刻表を眺めるだけでワクワクする。これらの列車が昼夜問わず四国輸送を支えた。

そんな楽しい宇野線はいずれ取り上げるとして、今回はそのうちの夜行「鷲羽」である。夜行といっても新大阪-宇野間の営業キロは213.2キロしかなく、下りに1本だけあった京都からでも252.2キロにすぎない。普通列車ならともかく、とても夜行が成立するような距離ではない。だから、宇野を未明に発着する半夜行として運行された。この列車は1980(昭和55)年10月ダイヤ改正で廃止された。

宇野線

1971(昭和46)年10月号より。新幹線岡山開業前のダイヤなので、優等列車は最大本数となっている。件の半夜行は下り11号、上り1号である。京都発着の下り半夜行、上り夜行の普通列車が「鷲羽」を救済する形で走っている。「鷲羽」については臨時で下り53号や54号、上り52号もあって、シーズンともなるといかに需要が高かったかが分かる。ただし、連絡船も臨時がセットで運航されているのは下り53号のみで、54号は連絡船がない日があるし、上り52号に至っては連絡船の設定自体がない。臨時とはそういうものです。ちなみに当時は上下とも早い順に1号、2号…と号数が付されていた。今の下り奇数、上り偶数となったのは1978(昭和53)年10月改正からだ。京都発着の普通列車など今走っていれば、青春18族に重宝されただろう。

夜行「鷲羽」の特色は下りは東京発20時の最終の一つ前となる「ひかり85号」から、上りは新大阪6時の始発「ひかり2号」に接続するダイヤが組まれていたことだ。

予讃線土讃線下り

そして、3時台の宇高連絡船を介して、5時台の「あしずり1号」中村行き、急行「うわじま2号」宇和島行きが接続している。ちなみに「うわじま2号」の宇和島着は10時43分。急行が出た後、高知行きの普通列車があり、これは多度津で松山行きと接続している。

高徳線下り

高徳線は優等列車ではなく4時台に阿南行き普通列車がある。

予讃線土讃線上り

上りは各線とも0時頃に高松に到着する。予讃線と土讃線は急行ばかりでなく、松山と高知からの普通列車も設定されている。予讃線の急行は「うわじま8号」で宇和島発は18時30分、普通列車の松山発は18時32分となっている。

高徳線上り

上りの高徳線は徳島を夜に出て…近いので22時前の発車で高松に0時前に到着する。高徳線は上下とも普通列車のみ。

で、0時台の連絡船で宇野に渡って、「鷲羽」に接続。さらに新大阪で始発の「ひかり2号」に接続して東京着9時10分となっている。これが四国から新幹線連絡で東京に行く際の到着時刻の最速となっている。今の快速「マリンライナー2号」からの接続でも9時15分とわずかに及ばない。所要時間こそどんどん短くなっているけど、到着時間だけは50年以上経った今も破られていない。

登場したのは1965(昭和40)年10月改正から。

宇野線

それまでの夜行普通列車とは別に新たに設定されている。「鷲羽」はまだ準急で、翌年10月のダイヤ改正で急行に格上げされる。このときの「鷲羽」は下り8本、上り7本走っている。下りの641Mは電車で1等車が連結されているが、これは「鷲羽」の間合い運用だ。これに限らず、1等車付きの電車は多分、間合い運用だろうと思う。

予讃線土讃線下り

優等列車では準急「うわじま1号」と「足摺1号」が、普通列車は多度津まで併結で伊予西条行きと高知行きが設定されている。こちらもまだ準急で、「足摺」と漢字表記になっていて、行先はまだ中村線が開業前なので土佐佐賀だ。「うわじま1号」の宇和島着は11時08分である。

予讃線土讃線上り

こちらは上り。「うわじま5号」と「足摺3号」(土佐佐賀-須崎間普通列車)があり、「うわじま」は宇和島18時11分発。かろうじて予讃線の普通列車が入っていて、松山発18時11分発、高松23時28分着となっている。また、土讃線にも普通列車が設定されている。

高徳線下り

高徳線下り。阿波富岡とは今の阿南のことだ。

高徳線上り

同じく上り。下りと違って上りは徳島始発。

つづいて、新幹線岡山開業で優等列車が「瀬戸」と夜行「鷲羽」だけになった1972(昭和47)年3月ダイヤ改正。

宇野線

なんと夜行「鷲羽」は2往復になっている。下り1号と上り2号が季節列車であるけど、シーズンには2往復走っていたということだ。下りにはさらに臨時の51号まである。

予讃線土讃線下り

下り。急行「あしずり1号」、「うわじま2号」、高知行き普通列車、多度津で接続する松山行き普通列車とも変化はない。「うわじま」は10時51分、松山行き普通列車は10時37分に松山に着いた。

18時21分発の「うわじま8号」、18時38分発の高松行きの普通列車、「あしずり7号」と続く。ここで高知発の普通列車がなくなっている。

高徳線下り

こちらは高徳線下り。阿南行きから徳島行きに短縮されている。上りは本ののどの部分にかかっていて撮ることができなかったが、時刻は概ね同じだ。

ここからは夜行「鷲羽」にとって最後のダイヤ改正となる1978(昭和53)年10月改正の時刻になる。

宇野線

「鷲羽」は夜行だけになっているのが分かる。宇野着が40分ほど早くなっている。

予讃線土讃線下り

「うわじま」と「あしずり」の発車順が逆になっている。「うわじま1号」の宇和島着は10時33分となっている。また、従来からの高知行きの普通列車に加えて、松山行き(9時38分着)普通列車が高松発になり、乗り換え回数が減って便利になっている。

予讃線土讃線上り

急行「うわじま14号」の宇和島発は18時48分発、普通列車の松山発は18時47分になっている。土讃線の急行は「あしずり12号」だ。

予土線

予土線が全通してからは「あしずり」に窪川で分割して宇和島行きの快速もあった。宇和島-江川崎間にグリーン車が連結されている普通列車が1往復設定されているのは「うわじま」の間合い運用だ。

高徳線下り

高徳線の下り。行先が徳島に短縮されている。

高徳線上り

こちらは上り。時刻に大きな違いはない。が、上下ともグリーン車が連結されている。これはこの時期(1975~1980年)、急行「阿波」のうち3往復にグリーン車が連結されていた。この普通列車もその間合い運用だ。

1980(昭和55)年10月改正で夜行「鷲羽」は廃止されてしまう。その余波は四国側にも及び、予讃線土讃線の下りは普通列車は残ったものの、「うわじま3号」と「あしずり1号」がそれぞれ高松-伊予西条間、高松-高知間が廃止、短縮され、上りも「あしずり12号」が高知-高松間が廃止された。高徳線は普通列車だったからか、上下とも残っている。

こうやって列車の変遷を見ていくのは時刻表をたくさん繰らなければならないので骨は折れるけど面白い。前回予告した下りの四国夜行や夜行「鷲羽」より先に走っていた夜行普通列車についても見ていきたい。今回はこんなところで。