四国2/3周旅 その8(須崎~窪川)

須崎を9時01分に出る。

駅を外れると大きな建物が見えてくる。須崎市立市民文化会館だ。

海から近いところを走っているのになかなか見えず、かろうじて別れ際?に港が見えた。

直後に新荘川を渡る。1979(昭和54)年、ニホンカワウソが最後に発見されたことで有名になった。

高松を出て3時間余、ようやく太平洋が現れた。天気もよく穏やかだ。しかし、トンネルが連続するのでこうして海が見られる箇所はわずかしかない。

安和(あわ)を通過する。駅とホームは反対側にある。駅の背後に広がる砂浜とヤシの木がいかにも南国を思わせる。駅から徒歩0分の安和海水浴場だ。

重機が入っているせいか、水が流れていない久礼川を渡る。

少し走って土佐久礼に停車する。一段低いところに比較的大きめの駅舎がある。須崎-土佐久礼間が1939(昭和14)年に開業して、一旦工事の区切りを迎える。その後、戦争になり、以降の工事は中断となったが、戦後は1947(昭和22)年に工事が再開されて影野まで延長した。一時期終着駅だったこともあり、構内も広めだ。

土佐久礼は島式ホームの1面2線の駅だ。構内は広めだけど、のりばは2つしかない。延伸の予定があったからなのだろう。

土佐久礼を出ると火打ヶ森の四道峠(しどうとうげ)を越えるためほぼトンネルになる。そんなトンネルだらけの峠の途中にかつて2年だけ存在した笹場信号場があったというから驚きだ。峠を下りるとわずかな平地が広がる。

そして、可愛らしくも古そうな駅舎が現れる。

1947(昭和22)年に土佐久礼から延伸して終着駅となった影野である。ここも土佐久礼同様、ホームは少なめで、でも途中駅っぽくない広めの構内を持つ。この後、1951(昭和26)年に窪川まで達して土讃線が全通した。

影野を通過すると「しまんと」はスピードを上げる。

仁井田を通過して仁井田川を渡る。四万十川の支流の細い流れだ。

窪川トンネルを抜けて窪川の構内に入っていく。これは土佐くろしお鉄道中村・宿毛線の窪川駅だ。

こちらがJRの窪川駅。
「しまんと」は中村へ向かうが、私たちはここで降りて予土線に乗り換える。が、今回はこんなところで。







ディスカッション
コメント一覧
影野駅には森林鉄道がつながっていたので木材の集積地としての役割がありました。鉄道と車道が併用していたトンネルが近くに残っています。
影野にも森林鉄道が走ってたんですね。山深いところだからあってもおかしくない。