気ままな旅 その59(玉江駅)

2025年8月3日

9時半過ぎ、どんどんを出る。

萩を走る

が、GOPROの電源を入れてなかったので、数分撮れていない。ボタンを押したのは萩の街を抜けて常盤大橋を渡った直後だった。

萩循環バスまあ―るのバス停

萩のコミュニティバス・萩循環まぁーるバスのバス停が見える。大人100円というのが嬉しい。

最後のカーブ

右に左にカーブして、

オレンジの屋根はなんだ?

正面に何か見える。

玉前駅駅舎

山陰本線の玉江駅だ。

玉江駅は1925(大正14)年に美祢線の長門三隅-萩間延伸時に開業。1933(昭和8)年に今の美祢線部分以外の美祢線が山陰本線に編入されて、以降は山陰本線の所属となる。1面1線の停留場タイプの駅でありながら、かつては急行も停まり、貨物も取り扱っており、駅内にはキヨスクもあった主要駅であった。

玉江駅

正面。この感じ、岩田駅に似ている。

岩田駅

これは岩田駅。そうでもない?

井上勝の功績

元長州藩士で明治新政府では鉄道事業を推し進めた井上勝の実績が紹介されている。

きっぷ売り場も出札口もない

きっぷ売り場も出札口も塞がれていて、そこにはポスターが貼られている。券売機すらない。

フリーパス

たしかにこの広さならキヨスクがあっても不思議ではない。窓口だけではなく、改札口も撤去され、IC乗車券も使用できない。不正乗車などチェックできるのだろうか?心配になる。

玉江駅時刻表

列車は上下ともに8本運行されている。空白の時間帯が3~4時間あり、乗るのも撮るのも苦労しそう。実際、この時間(9時45分頃)は空白地帯である。9時台に下りが1本走っているけど、うどんを食べている最中であった。時刻表を正面から撮っていないのはアクリル板が反射して見えづらくなるから。

無人改札

改札口のほうにも駅出入口と同じような意匠が施されている。

益田方面

益田方面。

下関方面

長門市方面。

待合室?

ホームの待合室は撤去されてベンチだけになっている。ここにあったというのが分かる跡が残っている。

名所案内

錆びてしまって非常に読みにくい名所案内には萩城跡、菊ヶ浜海水浴場、木戸孝允旧宅、明倫館水練池(今でいうプール)が紹介されている。萩市の中心駅というとここから益田方面へ2つ行った東萩になるのだが、これらの観光地へ行くのに一番近いのが実はここ玉江だったりする。でも、観光客の利用はあまりなく、高校生の通学に使われている。

貨物ホーム跡

貨物が扱われていた頃の名残りのホームが残っている。

スロープ

駅舎とホームでは高さが異なり、こういうスロープと

階段

階段がある。これだけの高低差がある。

階段とスロープ

このスロープは階段の両サイドから延びている。2枚前の写真は逆サイドのスロープ。

小学校

木の柱、屋根…いいですね。昔の学校を見ているようだ。

何の遺構?

国鉄時代の遺構だと思うのだが、なにがあったのだろう。

窓にも意匠

窓は木枠。手すり?のデザインもなんだかホッとする。

貝塚の木

駅舎の横には立派な貝塚の木が並んでいる。

地域の案内地図

こういうのを撮っても飲食店くらいしか用事がないのにまた撮ってしまう。

地域の案内地図

重ならないように別の地区の地図を並べて掲げている。

開業100年

塞がれていたきっぷ売り場に貼られていたポスター。戦前にあったこういう俯瞰観光地図も味があって好きですね。

ここも5分ほどと楠君から言われていたのにまたしても15分滞在してしまった。時間がどんどん押していく。どんどんだけに。

萩観光は玉江駅の見学だけで終わり。車は何も知らない私を乗せてさらに先へ進むのであった。今回はこんなところで。