気ままな旅 その4(鞆の浦①)

鞆の浦は福山駅から車で30分ほど南に行ったところにある港町だ。潮待ちの港として古くから栄え、奈良時代に編纂された万葉集にも詠まれている。江戸時代には北前船の寄港地として人や物の往来が多くなる。将軍の代替わりなど慶賀の際に訪れる朝鮮通信使もたびたびこの地に立ち寄り、福禅寺はその迎賓の場となった。そんな歴史ある鞆の浦をこれから巡ろうと思う。

基本的に掲載は写真で、必要に応じて動画の切り取り画像が入ります。

観光案内所の横の路地に入る。扇形?鱗型?の石畳が印象的だ。

突き当りまで行って北へ向かう。昔は商店が並んでいたっぽい通りだ。

江戸時代っぽくもあり、戦前っぽくもある。

右の商家?の玄関には吊るし飾りが見える。

この立派な商家は胡屋(えびすや)という古民家カフェ。

この辻から海を見る。石畳が変わっている。

小烏(こがらす)神社。室町時代のはじめ、この地に赴任していた足利尊氏の弟の直義の養子・直冬と尊氏、高師直が対立し、合戦が起こったのがここ小烏であった。そういうこともあり、鞆では鍛冶が発達した。のちの室町時代後期に地元の鍛冶屋によって氏神として創建されたのがこの神社というが、定かではないようだ。

鍛冶町というのは江戸時代はじめにこの地を治めた福島正則が鍛冶職人を集めたことに由来する。仁丹のロゴマークが懐かしい。

電柱が邪魔だけど、これは鞆の津ミュージアムという美術館だ。

路地のクランク部分にあるからクランクカフェ。

向こうに鳥居が見えてきたところで、今回はこんなところで。