気ままな旅 その6(鞆の浦③)

古い街並み

沼名前神社をお参りしたあと、南へ向かう。

千福

みなさんホントに~千福いっぱいいかがです♪小学生の頃、テレビを見ているとこんなCMソングが流れていたなぁ。ちなみにそれを歌っていたのはダークダックスであった。これもまた懐かしい。今でもスポーツニュースで広島カープの本拠地のマツダスタジアムが映されると千福の看板が見えることがあり、懐かしいなと思う。日本酒が好きなのに千福を飲んだことがない。

郵便局?集会所?

鞆中央公園はこの建物の向こうです。この建物は元の郵便局か集会所か、こうして見ると比較的新しい建物も趣きが出てきて風景に溶け込んでいる。

ささやき橋

ささやき橋。これははるか昔、百済からの使者と官妓(かんぎ・官に属する宮廷などで舞や歌など芸能を披露する女性)が夜な夜なこの場所で会って、恋仲になり、それが噂となって海に沈められたという話があり、それがこの橋の名前の由来と言われる。怖い話だ。

山中鹿之助首塚

その隣には山中鹿之助の首塚がある。鹿之助は戦国時代に伯耆、出雲、石見を治めた尼子氏の家臣で、岡山の高梁川で毛利氏との争いに敗れた。それなのになぜ鞆なのかというと、当時信長に追放され、この地で政を行っていた足利義昭に首実検されているからであった。

静観寺

静観寺。

法宣寺

隣には法宣寺。

古い家

この辺りは沼名前神社へ行くまでの通りより古い建物が多い。昭和の看板がいい味を出している。

清正公道

太い道から分かれた路地。この石畳はこれまでのものとはまた違う。

南禅坊

南禅坊。「鞆の浦古寺めぐり」とあるのに正面の写真を撮るだけで見たつもりになってしまい、すみません。

阿弥陀寺

阿弥陀寺。

お寺と白壁

振り返ってみる。この緩やかなカーブが昔の道らしくていい。

元商家?

ここから東へ入る。この道は広島県道47号鞆松永線だ。だからだろう、細い道なのに交通量が多い。その角にあるのは商家だろうか。風格がある。

黒漆喰の屋敷

黒漆喰の住宅は重厚感がある。

裏路地

細い路地。保命酒の横断幕があり、街の人の営みがある。

清正公道

7枚前の写真の通りを反対から撮ったもの。

清正公道

そこにある石柱には沼名前神社(右側面)と正面には清正公と書かれている。下の2文字は読めませんでしたが、この道は清正公道(せいしょうこうどう)と呼ばれ、法宣寺まで続いている。法宣寺には加藤清正を祀る清正公堂があり、清正信仰の場であったという。なぜ、肥後ではなく備後の鞆に清正に関するものがあるのか分からない。

古い街並み

新旧入り混じる風景だけど、違和感がない。

ブティック

古い街並みに溶け込むブティック。

地蔵院

石段の上にあるのは地蔵院。

はんこ屋

こういう店、好きですね。

古い街並み

当たり前だけど、少しずれただけでも全然表情が違う。

食事処とカバン店

こういう店構えの食事処って美味しそう。隣はカバン店。道路に「離合可能」と注意書きが書かれているほど狭い箇所が多い。車が来ると歩いているのが申し訳ないと思うくらいだ。

鞆の街をここまで歩いて思ったのはお寺がとにかく多いということだ。東と南を海、西を山に囲まれた、けっして広くない鞆の街全体がお寺だらけなのだ。それは江戸時代初期、備後を治めた福島正則によって城下町整備をした際に作った寺町通りに由来する。これだけお寺があれば、「古寺めぐり」を推奨するのも分かる。

まだ鞆の話は続きますが、今回はこんなところで。