むろととうずしお その7(阿佐海岸鉄道)
阿波海南に着いた。

これから阿佐海岸鉄道に乗り換えてさらに先へ進む。

阿波海南駅は牟岐線が牟岐から海部まで延伸された1973(昭和48)年に開業した駅で、海部が阿佐海岸鉄道に移管された2020(令和2)年から終着駅になっている。高架駅ばかりの牟岐-海部間にあって唯一の地上駅だ。この駅舎然として建っているのは阿波海南駅前交流館だ。
阿波海岸鉄道は1922(大正11)年に制定された鉄道敷設法の別表にある「高知県ヨリ安芸、徳島県日和佐ヲ経テ古庄附近ニ至ル鉄道」の阿佐線の一部として、建設が開始された。1913(大正2)年に阿波国共同汽船が徳島-小松島間を開業、1916(大正5)年に阿南鉄道が中田ー古庄間を開業させていて、のちに両方とも国有化される。古庄については「その5」で書いてある通り、鉄橋が架けられずにそこで止まってしまったが、阿佐線としては古庄からではなく、羽ノ浦から建設が進んだ。それで1942(昭和17)年に牟岐まで、1973(昭和48)年に海部まで開通した。高知側は御免から安芸まで通っていた土佐電鉄(現・とさでん交通)を阿佐線建設と引き換えに廃止、建設を進めたが、1980(昭和55)年の国鉄再建法の施行で建設は凍結。国鉄としては海部までで建設は終了となった。
国鉄は1987(昭和62)年に民営化されたが、地元の自治体が建設を引き受け、海部-甲浦間を1992(平成4)年に阿佐海岸鉄道として開業。でも、その先が延びることなく現在に至っている。ちなみに高知側は土佐くろしお鉄道のごめん・なはり線として2002(平成14)年に後免-奈半利間が開業した。いずれも第三セクター路線だけど、双方ともその先へ延びる気配はない。どちらも末端の路線で経営は厳しいだろうけど、頑張ってほしい。

これが阿波海南駅。実はホームだけの棒線駅である。交流館が駅舎でもいいのにと思う。

ホームに戻って、駅の時刻表を見る。概ね2時間に1本程度しか運行がないけど、昔からこれくらいの設定だった。でも、大阪行きの高速バスの時刻が載っていて、すべての駅ではないけど、どちらもJRの運賃で乗ることができるのはいいことだと思う。

徳島方面。

乗ってきた列車。折り返しの徳島行きに乗る人がホームで待っている。テールランプは点いているけど、行先は阿波海南のままだ。楠君はこの回転幕の動画撮影していた。

甲浦方面。レールがここで途切れ、左からレールが延びている。これが以前は途切れず繋がっていた。

ここから乗るのは2021(令和3)年から運転を開始したDMV(デュアル・モード・ビークル)だ。従来の鉄道車両に代わってレールも道路も走ることのできる車両だ。見た目はボンネットバスだ。楠君が撮ったものをお借りした。

「モードチェンジ!」の掛け声とともにごきげんなBGMが流れてレールに乗る。それから15時50分、阿波海南を出る。ここからの画像は動画からの切り抜きです。

海部川を渡って、

海部に着く。DMVが走る前はここまでがJR牟岐線であった。

那佐湾。ずいぶん日が傾いてきた。

ここで那佐湾は終わり。

国道55号をまたいで、

街が見えてきて、

阿佐海岸鉄道の本社がある宍喰(ししくい)に着く。唯一の有人駅で、車両基地もある。

宍喰を出るとすぐ宍喰川を渡る。

宍喰を出て撮った前面展望。ハンドルがチラッと見えるし、内装もバスのそれに近い。ここまでの車窓風景と目の前のトンネルを見ても分かる通り、線内はほぼ高架であり、また多くのトンネルで構成されている。そして、この第4宍喰iトンネルで徳島県から高知県へと入る。

16時10分、甲浦(かんのうら)に着いた。でも、ここでは乗客を降ろさない。

再びモードチェンジを行ってランプ?を通って高架下の道路に下りる。

乗降はこちらのバス停でできることになっている。ここで1人降りた。向こうに見えるのは甲浦八幡宮。
阿佐海岸鉄道に乗るのは3回目だ。最初は25年ほど前に四国一周をしたときに高知から甲浦行きのバスで来た。バスで降りるとちょうど秋祭りをやっている最中だったので、よく覚えている。2回目はDMVへの切替工事で阿波海南以南が一時バス代行になる前だ。そういう節目だったからこれも覚えている。今回はコロナ過を挟んでかれこれ5年ぶりの再訪となる。今はバスも高知からではなく、安芸発着に変わり、阿佐海岸鉄道自体も様変わりし、来る度に変化があって、歴史の流れを感じる。

私たちはそのままバスに乗って先へ進む。上の高架は今まで乗ってきた鉄道線だ。

荒れた田畑の中を走る。標識には白浜海水浴場とある。

数分走ると国道55号に出る。これは河内川。動画切り抜き画像はここまで。

16時15分、到着したのが海の駅海洋町。阿波海南以来、バス停がサーフボードになっている。これはこの辺の海岸がサーファーのメッカとなっているからだ。

バスはこの先、道の駅宍喰温泉まで足を伸ばすのだけど、私たちはここで降りる。折り返し時間が6分しかないし、それでは温泉へ行っても浸かることもできない。それなら30分近い時間ができる海の駅で土産や今晩のつまみでも見たほうがいいだろうと、ここで降りることにした。実は終点まで行けば、もう一度県境を跨いでいて、徳島-高知ー徳島という珍しいルートになっていた。これはこれで面白いとは思うけど、宍喰温泉の宿泊を調べていなかったのもあるので行かなかった。

白浜海水浴場。泳ぐ人はさすがにいなかったけど、この穏やかさではサーファーもいなかった。
5年前に訪れたときはここでお昼を食べたのだが、ご飯を頼んで、自分で選んだ魚をさばいてくれて定食にしてくれるというのがあって、それを注文した。自分で魚を選べるのとそれを食べる二重の楽しさで、それだけで満足した。もちろん美味しかった。

そのとき頼んだマグロの刺身定食。

海の駅海洋町。ここで今晩のつまみを買う。

これは津波避難タワー。ビル4階、12メートル程度の高さと思われる。そのくらいの高さを用意していないと津波に飲まれてしまうということなのだろう。そう考えると恐ろしい。

帰りも同じ同じバス?列車?で甲浦に戻る。さっき降りた人が乗ってきた。

再び同じ道を走って、阿波海南まで戻らずに海部で降りる。

構内にはかつて活躍していたASA-101が静態保存されている。

5年前に甲浦まで乗ったのは往復とも同じASA-101であった。
DMVをお見送り。

阿波海南方面には山もないのにトンネルがある。元は山があったのだが、削られてトンネルだけが残ったという珍しい建造物。これは町内(まちうち)トンネルという。もはや無用の長物で、いっそ破棄すればいいのにと思うだが、素人考えなのだろうか。これはこれでみんなの興味を引くだろうから、このままでいいのかもしれない。

高架の海部駅。空がもう薄暗い。早く宿に入らねば。

海部駅全景。バス停もあって交通弱者にも優しい駅だ。
日暮れギリギリまで乗ったからそろそろ宿に入ろうかと思う。1月半ば、まだ日暮れは早い。今回はこんなところで。
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