四国2/3周旅 その4(大歩危~土佐山田)

7時24分、大歩危を出る。

大歩危から数分で次の土佐岩原を通過する。もう高知県だ。

ずっと吉野川に沿っているはずなのに一瞬しか見られない。トンネルと木々に阻まれてこうして風景が見られる箇所が少ないのは残念だ。落石を警戒してのことだろう。それもあってか、高速で走っていないようだ。

赤い橋は国道32号の豊永大橋。

その直後、久しぶりにちゃんと吉野川が見えた。三繩から豊永にかけては1935(昭和10)年に開業した区間になる。距離は30キロ弱、なんだか一気に進捗した感じがする。ここが高松-高知間で一番最後に開業した区間になる。

豊永を通過すると見えてくるのが旧長瀞(ながとろ)橋跡。床板が外され、主塔だけが残されている。1937(昭和12)年竣工なので意匠とかデザインとかがいかにも戦前だ。現役時代はどんな橋だったのだろう。また、秩父の長瀞と由来は同じなのだろうか?

旧橋跡のすぐ後に現れるのが現在の長瀞橋。

霜が降りる中、山にもようやく冬の陽が差してきた。そういえば、阿波池田の前後で見られた雪はすっかりなくなってしまっている。

さしてスピードが上がらないまま農協や森林管理署などの建物が見えてきて大田口に停車する。上りの「南風4号」と交換するための運転停車だ。島式ホーム1つの1面2線に側線が1本、それ以上に駅の敷地は広く取られている。多分、ここから農産物や木材などが貨物で出荷されていた頃の名残りだろう。が、残念ながら駅舎はなく、施設はホームのみとなっている。

2分ほどで「南風」がやってきた。通過を待って、こちらも発車する。

大田口を出て少し行ったところで吉野川ともお別れ。流れもずいぶん細くなった。

で、いつも思うことだけど、土讃線の徳島高知県境付近の民家ってよくあんな高いところに建てたものだと感心したり、驚いたり。この繁みの向こうを流れるのは吉野川の支流である穴内川だが、この通りなかなか見られない。

7時44分、2つの三角屋根が特徴の大杉に停まる。名前の通り、杉を中心とした林業が盛んな地域ならではのログハウス風の駅舎だ。豊永から大杉までは1934(昭和9)年に開業している。

ホームに名所案内が立つ。ここで何人か乗ってきた。駅の近くに「日本一の大杉」があり、美空ひばりも訪れていて、歌碑も建てられている。

大杉トンネルやら大豊トンネルやら長いトンネルを抜けて土佐北川を通過する。1986(昭和61)年の路線変更に伴い、穴内川の鉄橋上に駅を移転した。ここで阿波池田行きの上り列車を交換する。

土佐北川通過直後に見えた穴内川。

JR四国の最高地点の駅である繁藤を通過して、土讃線2つ目のスイッチバック駅の新改を奥に見ながら走り抜ける。坪尻が秘境駅として脚光浴びて乗降客が増える中、今なおひっそりと佇んでいる新改のほうがむしろ秘境駅らしいとさえ思う。
途中、ウトウトしてしまい撮影ができていないが、新改の2つ手前の角茂谷(かくもだに)までは1930(昭和5)年に開業している。

新改を出ると一気に山を駆け降りる。たまに見えるわずかな麓の風景がいかに高いところを走っているかを物語っている。

そして、高知平野が見えてきた。

沿線は右も左も殺風景なところを走っているが、奥に目を転じると人の「営み」が見える。

そして、下山して山田の街に入る。正確には香美市の中心だ。土讃線をくぐっているのは高知県道31号、左に見えるのは香美市立図書館だ。

8時04分、四国の屋根を越えて土佐山田に着いた。ここまで来れば、高知も近い。が、今回はこんなところで。







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