山口線に乗ってきた その16(医光寺③)
本堂の中に入る。

手前の彫刻は鯉の滝上りかな。どうも一刀彫のようだ。

入って正面にある庫裏。

広間にあった屏風絵。「金山西湖図屏風」で、作者は雲谷派(うんこくは)とある。雲谷派とは毛利氏の庇護のもと、雪舟の画風を受け継いで発展した画派だ。

順路に従って進むと御朱印帳や数珠などが販売されていた。

益田宗兼(左)と雪舟の肖像画。

これは医光寺の俯瞰図と思われる。

絵画や肖像画を見て外を見ると向こうに見事な枝垂桜が出迎える。これが医光寺庭園だ。雪舟が作った武家様式の庭で、池泉鑑賞式庭園と呼ばれる。室町時代の1479(文明11)年に十五代益田兼尭(かねたか)に第5世住職として招かれて画業と並行して作庭したのだという。

ちなみに桜の時季には枝垂桜のライトアップが行われているという。と、今言われてもですね。来年お越しください。

向こうの部屋は最初に見た庫裏だ。

この画像の左手に広がる本堂。これはあとでじっくり見ます。

木々に囲まれた中央に立つ桜がアクセントを添え、その左右にモミジ、手前にはツツジが配されている。

池の中央にある中島には亀甲石など亀を表す石がすべて使われており、島全体で亀を表現している。また左側にある小ぶりな出島には鶴首石など鶴を表す石を使うことで鶴を表現している。亀鶴蓬莱の表現で不老長寿を祈る蓬莱思想の世界を表している。

逆サイドから。どこから見ても美しい。

鶴と亀が向かい合っている様子を表現している。
ちょっと長くなりそうなので、今回はこんなところで。







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