四国2/3周旅 その23(松山駅)

それでは松山駅をみていこう。

その前に。この日は愛媛マラソンが開催されていて、参加したランナーやスタッフを駅の内外でけっこう見かけた。その人たちが特急「しおかぜ24号・いしづち24号」を待っている。元々1時間後の特急に乗るつもりなので乗ることはないけど、列の長さを見ていると、もし乗っていたら座れていたかどうか。その発車を見送ったが、案の定、座席はほとんど埋まっていた。乗らなくてよかった。

では、あらためて。松山駅は1889(明治22)年の丸亀-多度津-琴平間の開業を皮切りにまず髙松方面へ延び、以降は徐々に西へ延伸を繰り返して1927(昭和2)年に伊予北条-松山間の開通で開業した。2024(令和6)年9月にそれまでの相対1、島式1の2面3線の地上駅から島式ホーム2つの2面4線の高架駅に生まれ変わった。開業から1年ちょっとしか経っていないのでまだまだ新しい。それまで併設していた松山運転所と松山貨物駅は「その22」で通ってきた南伊予駅に隣接するような形で移転した。高松方面。

宇和島方面。

ホームから松山城。お城が山城なのは築城当時からだけど、駅も高架になったおかげで遠いながらもホームからお城が見えるようになった。

ホームから駅前を見る。ブルーシートが掛けられているのが旧駅ビル。

改札を出る。今、駅前は再開発中であちこちに旧駅時代の遺構が見られる。1番線ホーム跡。

そういえば、旧駅時代は貨物駅も兼ねていたのでEF65が停まってたなぁ。

2014(平成26)年の四国一周旅で松山駅に停車中のEF65の2000番台。懐かしい。

振り返って仮の出入り口。

だんだん通りはレストランや土産物売り場などの入った商業施設の愛称だ。だんだんとは伊予弁でありがとうを意味する。

駅の案内図。路面電車も駅まで入ってくるというのでグランドオープンが楽しみだけど、いつのことになるのだろう。温かさを感じる言葉だ。

駅前のロータリー。

旧駅舎の前を通る。

春や昔 十五万石の 城下哉…正岡子規の詩だ。

向こうに見えるのは伊予鉄の路面電車のりば、JR松山駅前停留所。写真の左側に見える階段で地下を通ってホームへ向かう。ちょうど大街道方面から電車が入ってきた。

解体中の旧駅舎を正面から。

旧駅舎。はいからさんが通りそうな明治大正チックな駅舎はかわいらしくて好きだった。夏目漱石の小説「坊ちゃん」をイメージしているからこういうデザインになりますよね。これは2019(令和元)年の四国一周旅で撮ったもの。駅は漱石、駅前には子規と明治の松山を代表する二人が今なお息づいている。

駅に戻って南改札。駅の南側は飲食店エリアになる。

だんだん通りの詳細図。いろいろな店舗が入っていて楽しそう。

中央改札に回ってコンコース。広い。向こうに西口が見えている。

天井が波打っている。まるで迫ってくるようだ。愛媛県産の木材を使っているという。

駅の西口。天井はもしかして唐破風をイメージしてる?


西口は元松山運転所のあったところで、まだ更地だらけ。開発はこれからだ。

西口から見たコンコースの天井。頭上に駅構内の案内がある。

内側には方言などが書かれていた。

ショップのエリアに入る。専門店に、

土産物売り場と充実している。ここでお土産を買う。

改札横にカフェがある。カメラ下向きですみません。もう少し時間があれば、お茶でもしたかったんですけどね。楠君も入ってもいいよと言っていたけど、落ち着かないからやめておく。

改札。発車まで30分ほどあるけど、早めに上がっておく。「宇和海」から降りたときに直近の「しおかぜ、いしづち」がすでに満席状態だったけど、やり過ごしたのはこのためではない。

先ほどは気が付かなかったけど、改札内の天井も同じ木材が使われているが、組み方はコンコースのものとは異なる。

階段を上がった踊り場。ここは天井がちょっと低く、圧迫感がある。

モニターでこういう案内をしてくれるので便利だ。

時間が来て、特急「しおかぜ・いしづち」が入ってきた。8000系の8両編成だ。これで帰る。
今回はこんなところで。







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