久留里線の旅 その24(上総亀山を歩く③)

15分ほどで上総亀山に戻る。列車が到着するまでまだ1時間ちょっとある。さて、どうするか。

朝の始発に乗って上総亀山で降りたときの写真で恐縮ですが、そういえば、この駅からまっすぐ延びる道の先へは行っていない。では、行ってみよう。これは駅前通りでいいんですかね?

突き当りまで来ると、両端の階段を上ったところに何かある。真ん中の白い建物は藤林自治会館、集会所ですね。

道路脇には駅への案内板が立っている。

そこから振り返ると道の先に駅が見える。距離にして100メートルもない。

階段を上るとお堂がある。観音堂だ。

扁額。

正面におわすのはご本尊の十二面観世音菩薩だ。

観音御詠歌 第二十七番。この歌の中にある「しょしゃの山」というのが気になった。しょしゃの山というと姫路の書写山しか思い浮かばないが、千葉県にもそんな名前の山があったかなと思って、この歌を調べてみるとやはり千葉にはなく、姫路のそれであった。第二十七番というのは西国三十三所の二十七番札所が書写山圓教寺で、これはその御詠歌であった。でも、それがなぜここにあるのかは分からない。圓教寺から勧請を受けたのだろうか?

お堂の前には君津郡土地改良区による土地改良記念碑が立つ。相当古いのかなと思ったら1967(昭和42)建立であった。

下に降りて隣に見える鳥居のほうへ向かう。脇には立派な杉が並んでいる。2本のように見えるが、4、5本ある。

アジサイがまだきれい。

きれいな鳥居をくぐるとお社が見える。

熊野神社だ。熊野三山から勧請を受けたのだろう。由緒は書かれていないのだが、熊野神社だから素戔嗚尊(すさのおのみこと)、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)の三柱が祭神だろうと思われる。

急な上に階段の奥行きがなさすぎてたいへん歩きにくい。靴の後ろ半分が階段からはみ出るほど狭い。

拝殿、狛犬、燈籠。

拝殿の前に立つ。

曲線と直線の組み合わせがきれい。

拝殿の中。観音堂ともどもきちんと管理されている。

小さな祠と手水舎。

拝殿に向かって左側にあるのは供養塔?石に彫られた文字を読むと月山、湯殿山、羽黒山とある。熊野神社だから熊野三山かと思っていたら、山形県の出羽三山だった。熊野も出羽も修験道の修業の場であることは共通している。上のほうに彫られているのはお地蔵様のように見えるから江戸時代までの神仏習合の象徴なのか?

小さいながら風格がある。

逆サイド。一番後ろに下がっても全体が入らない。

これはクスノキだろうか。縄は締められていないので、御神木ではなさそう。

拝殿の横の階段を少し上ると本殿が見える。

少し開けたところから亀山の街を眺める。

では、駅に戻ります。観音堂と熊野神社と合わせても20分ほどでお参りは終わった。それにしても、小さいお堂と神社だったけど、圓教寺や熊野神社といった関西でなじみの深い寺社が東国で見られるとは思ってもみなかった。

が、まだ発車まで1時間もある。16時も過ぎて、影が長くなっている。
返す返すも食事と温泉の予定がなくなったのは痛かった。「その23」でもし到着してすぐ移動していたら両方済ませられると書いたが、よくよく考えてみると、列車の到着が14時過ぎでやすらぎ館まで徒歩15分、そこから亀山温泉ホテルまでが5分として、15時までに両方終えられるかというと自信がない。それならむしろ、朝の2番列車に乗って亀山観光をしたほうが次の列車まで5時間あるのですべて終えて、なお時間が余るのでよさそうだ。が、これだと双方のオープンまでの待ち時間が長くなる。結局、今回のパターンしかいいのがなさそうだ。

せっかくなので、乗車駅証明機で乗車駅証明書を発行して記念に持って帰る。次の列車の発車は17時15分発。ご覧の通り、発券は16時22分とようやく1時間を切ったくらい。
もう何もすることがないので、列車が到着する16時59分まで待つしかない。今回はこんなところで。







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