JRローカル線の存廃問題

2022年8月24日

7月も大して記事が書けなかった。なぜか?単純に出掛けなかったからだ。スポットにせよ、うどん屋にせよ、行こうと思えばいくらでも行けるのに、ゴールデンウィークの高松城址以来、記事探しに行っていない。コロナで躊躇している面はあるものの、少しは出掛けて何か発信せねばと思っている。

ところが今、これまでの添付画像を見直す作業をしていて、画像を増やしたくないこともあり、どこかへ行って撮影をしてもそれをすぐアップできないという事情もある。見直し作業が終わってから画像付きの記事をまとめて上げてもいいけど、いつ完了するか分からないし、そんないつ行ってきたのやら分からない記事を出すのは抵抗がある。ちなみに画像の枚数は3月末のブログ再開以降327枚にのぼる。それを見直すのだから骨が折れる。

というわけで、この画像見直し作業が終わるまでは画像なしでも大丈夫な記事を出していこうと思う。それでは本題に入ります。

先日、国交省がJRのローカル線の存廃問題について議論を行う基準を発表した。鉄道事業者と地方自治体から要請があれば、国が協議会を設置して議論するという。

議論を進めるにあたっての基準は輸送密度(1日の平均輸送量)が1,000人未満、ピーク時(上下、朝夕のいずれか片道でOK)の1時間当たりの輸送人員が500人未満となっている。これは国鉄時代の廃止の基準(輸送密度2,000人、ピーク時1,000人未満)からするとかなり低い設定になっている。あと、救済措置として拠点都市間を走る特急の運行区間や貨物列車が多く運行されている区間など鉄道のネットワークを構成する上で欠かせないと認められる路線は対象外となる。

このネットワークという点、JRの路線図を見ると、幹線や亜幹線の末端を除けば路線の片方がどこの路線とも繋がっていない、いわゆる盲腸線は今やほとんどない。国鉄時代、それら盲腸線は将来さらに延長して他の路線と繋げることを前提として造られた経緯があったのだが、戦争や建設当初からの状況の変化、予算の問題などで断念して中途で残ってしまったのだ。が、それらは国鉄末期からJR発足数年のうちにほとんどが廃止されて現在に至っている。つまり、今のJRに乗れば、たいていどこかと繋がっていることになる。それはネットワークが構成されているということに他ならない。それを途中で切るとなると、アリの一穴よろしくその穴は徐々に広がり、結局は都市圏しか鉄道が走らなくなることに繋がりかねない。

そう考えると、多くの路線が助かりそうに見える。が、新聞などで報道されている通り、数値を見るとそんなに甘くはない。今やコロナの影響で都会の路線ですらかつての数字に戻っていない。いや、リモートワークの普及などで戻ることはないだろう。都会をしてこれなのだから田舎のローカル線は何をか況やだ。ただ、今回JR各社が公表している営業係数はコロナ前の数値なのは幸いであった。コロナ後の数値を持ち出して「もうダメです」などと言われてはかなわない。

この議論は鉄道で行くのか、他の交通機関に替えるのかが焦点になるが、問題は国や地方自治体が予算や補助金をちゃんと出すのかということだ。お金の面で後ろ向きだとどちらに結論が出るにしても将来は明るくない。道路にはいくらでもお金を出すのに鉄道にはビタ一文払わないでは本気度を問われる。

あと、一番の問題はJR自身にある。JRは民間企業である前に公共交通機関でもある。電気、ガス、水道とともにインフラの一つだということを考えているのだろうかと思うことがある。旧国鉄という出自から他の私鉄と同じではないはずだ。国や自治体もそのあたりのことも考えてほしい。不採算路線だから廃止というのは簡単だけど、それで過疎だったところがより一層過疎になったのでは目も当てられない。しかし、そういう事例は北海道を中心に枚挙に暇がない。

今年もまた豪雨が日本を襲い、奥羽本線、羽越本線、北陸本線といった幹線が大量の土砂を被った。また、磐越西線、米坂線では鉄橋が崩落した。幹線はまず復旧作業をするだろうから心配はしていないけど、ローカル線だとこのまま廃止となりかねない。今回はどちらも短い鉄橋だが、これをニュースで見たとき、「JRは廃止の口実ができて嬉しくてたまらないんだろうな」と不謹慎だと思いつつ、そういうことを考えてしまった。でも、それはJR北海道の日高本線の一部やJR東日本の岩泉線など被災したまま、復旧に動くことなく廃止にした「前科」があるからだ。根室本線の被災区間も廃止が既定路線となっている。ここ5年から10年は大雨や台風が来る度にヒヤヒヤし、何もなければ安堵するといったことの繰り返しとなっている。大雨で被災していた只見線が10月に11年ぶりに全線復旧するという明るいニュースがあったばかりなのに、また後退を余儀なくされるかもしれないと思うと辛い。

ネットの反応をみると、もう誰も乗っていないのだから廃止でもいじゃないかとか、そんなに残したければ自治体の庁舎をその路線に移転させろとか、自治体が面倒を見ろというような意見が見られる。残せといっているのは地元の自治体と鉄道ファンくらいのものである。

私も鉄道ファンのはしくれである。やっぱり残してほしい。では、どうすれば残せるのか。一番の方策は地元の人が乗ることである。でも、1回や2回乗ったくらいでは焼け石に水である。通勤通学通院に利用できるようその時間帯の本数を増やす、他の路線との接続を改善する、もしくは直通列車を走らせる、急行、それが無理なら快速を設定するといった乗りやすい環境を作る。これは基本だろう。2008年(平成20年)だったか高速道路の土休日無料という国の施策以降、乗らない→本数を減らす→さらに乗らない…の繰り返しだったが、この逆を行う。

でも、これは何も目新しいことではなく、国鉄末期に実施されていたことである。昭和40~50年代にはこれにプラスして運賃や料金の値上げも加わっていたから↑以上の悪循環に陥り、「国鉄離れ」という現象を引き起こしたのだが、民営化が決まって以降、昭和60年ころから攻めの姿勢に転じてJRへと引き継いだ。ただ、JRの利用者は発足当時と比べて3~5割は減っているから、攻めてもその効果は不透明だ。その上、コロナで利用する人が減っているので、多少は運賃の値上げをしてもいいのではないかと思う。5年ごとに5%程度の値上げならそれほど大きくもないだろう。JRの本州3社は発足以来運賃を値上げしていない。上がっているように見えるが、それは消費税分が上乗せされただけで、本体部分は変わっていない。これはすごいことだけど、たまには上げてもいいのにと思う。受益者負担だ。

他に思い付くこととして、自治体が高齢者に交付している高齢者パスを鉄道にも適用する、土地が確保できるならレール&ライドを設けて車からアクセスしやすくする、定期券でもいいが、一定額以上切符を購入すれば、住民税を減免する、通院のお年寄りのために運賃を2割ほど安くする、運転免許証を返納した人には生活範囲の中で利用する鉄道やバスを安くするなどはどうだろうか。でも、レール&ライド以外は自治体の負担になるから財源が必要となるから簡単なことではない。

究極はJRが経営を国に返す、つまり鉄道の再国有化だ。これが路線を安定的に残す最も有効な手立てだと思う。イギリスでは一旦民営化されていた鉄道を再国有化しているからできないことはない。官僚の大好きな前例踏襲主義だ。他国の前例だけど、本気で検討してもらえませんかね?

いろいろ案を出してみたところで、どのみち廃止の方向へ向かうのだろう。悲しいけど、それが現実だ。私たちが乗るといっても、それは乗り鉄の一環であり、生活上必要に駆られて乗っているわけではない。「わざわざ」そこへ乗りに行っていることからも分かる。だから、残せといっても何の説得力もない。座して死を待つことしかできないのである。

私的には先祖返りともいえる鉄道国有法と鉄道敷設法を復活してほしいのだが、それはパラレルワールドへ行くか、もしもボックスで頼むか、いずれにせよ酔狂で、夢物語に過ぎない。だから、今この現実に起きている危機的状況こそが夢であってほしいと願うばかりである。今回はこんなところで。