キハ40系の追っかけ その28(徳島中央公園⑧ 徳島城3)

2026年5月17日

本丸跡

では、麓に下りよう。

石段

東側から下りていく。

謎の石垣

これは何なんだろう。櫓でもあったのだろうか。

下山を始める

本丸の石垣。手前の謎の石垣も含めて野面積みながら石がきれいに積まれている。

野面積み

戦国時代の石垣なので反り返っていない。

石段

振り返って本丸方向を見る。

石段

これから坂道となり、その途中に…

東二の丸跡

東二の丸跡。本丸を挟んで二の丸が東西にある。で、この奥には、

天守跡

天守跡であった。本丸跡にはなかったのでどこにあるのかと思ったら、まさか本丸より下に位置する二の丸にあった。本丸には御座敷や武具櫓などがあった。

徳島戦災犠牲者慰霊碑

徳島戦災犠牲者慰霊碑。

本丸より低い眺め

30メートルほど下がると見え方もだいぶ違う。

石段

東二の丸からさらに下がる。

石段

けっこう急な石段。

石段

石段はさらに続く。

石段

こうしてみるとやはり急だ。

石段

枝の間から日が差し込んでいる。

石段

そろそろ麓かな?

石段

無事、下りてきました。

横穴式防空壕

近くにあったこの円形の石は横穴式の防空壕の跡。第二次世界大戦末期に計画され、工事が始まったものの、岩盤を掘り進めなければならなかったのと徳島空襲で完成はしなかった。

蜂須賀桜

これも蜂須賀桜と思われる。

藤棚

桜が終わるとこちらの藤棚が紫に染まる。

9600の「駅舎」

木の向こうに見える建物は城山に登る前に見た9600形を静態保存していた「駅舎」。登り口と下りたところが目と鼻の先だった。

蜂須賀家政公

秀吉に阿波一国を与えられ、のちの関ヶ原では東軍に付いたので、江戸幕府でもそのまま阿波の統治を任されて、阿波藩祖となった蜂須賀家政公。なお、江戸時代になってからは淡路一国を加増されている。

元食堂?

昔は食堂とかだったのだろうか。今は何もやってなさそう。

弁天池

弁天池。

子供平和記念塔

子供平和記念塔。世界の平和がいつまでも続くようにと全国の小中学生やアメリカの子どもたちに呼びかけて集められた小石や化石を使って作られている。

徳島市立徳島城博物館

表御殿の跡に建つのは徳島市立徳島城博物館。入ってみたかったけど、もう13時が近い。そろそろお昼を食べないと昼抜きで次の列車に乗ることになりかねないのでここでお暇することにする。

千草食堂

「その2」で見かけたあさひ食堂だけではなく、この千草食堂もあったんだ。どちらもよさげな雰囲気で中をのぞいてみたくなる。

結局、徳島中央公園には3時間ほど滞在したことになる。昼までに見終えるかなと思っていたけど、さすがは私である。細かすぎてそう簡単には終わらない。

では、お昼を食べることにしよう。今回はこんなところで。