山口線に乗ってきた その10(青原~益田)

青原も棒線駅なんですが、

反対側を見ると廃ホームがある。待合室があり、レールも残っている。なんなら駅名標まで残されている。こういう廃ホームを見るのは湯田温泉以来だ。

益田方面。ホームの端は嵩上げした跡があったので、破棄してからそれほど年月は経っていないのかもしれない。

右の橋を渡った先にあるのは国道9号だが、背後の山は削られている。採石でもしていたのだろうか?

高野川の流れはゆったりしている。

河原も広いが、川幅も広い。

道端にひょっこりとホームと待合室が現れた。

駅前を生活道路が走るというのは面白い。

桜の花の中から勾配票。10パーミルの下りであることが分かるのだが、通常地面に杭を打ったように立っているものをこの高さまで上げているのは雪への対策のため。青地なのも視認性を高めるためだろう。

津和野を出てから高津川が削ってできた狭い平地の間を縫って走っている。

久しぶりに国道9号に沿う。が、間もなく両者は離れていく。

石見横田駅。木造駅舎は大きく、風格がある。駅名標の周りにはミニ庭園らしきものも見える。

ここは交換可能駅で、相対式ホーム2つの2面2線の構造を持つが、昔は背後の木材も運んでいたのだろう。

立派なトラス橋で渡るのは匹見川。この反対側を少し行くと高野川と合流して、日本海へ注いでいる。

匹見川に沿って走るのは国道488号。中国山地越えの区間は「酷道」と呼ばれるほどの悪路だという。

石州瓦の家々が並ぶ。少しずつ住宅が増えている。

そして、田んぼが続く。

本俣賀。これまた風景に溶け込んでいる。

この待合室は木造ではなく、コンクリート製。

小なりとはいえ、長いホームを持つ。しかし、かなり傷んでいる。

のどかな風景が続く。

本俣賀を出て田んぼを抜けると本俣賀川を渡る。この川もまた高津川と合流する。

赤い橋は飯田橋。

頭上の橋はひとまろ大橋。柿本人麻呂が由来だ。

ダイワボウレーヨン(旧大和紡績)の益田工場。埋もれつつあるが、なにやら二条のレールらしきものが右斜め上のほうへ延びているのが見える。そう、ここは益田から山口線に沿って専用線が敷かれていた。手前の草の生えているところもレールがあったようだ。

この門から貨物が出入りしていたと思われる。

バラストが若干残っている。

専用線跡らしい路盤が確認できないまま山陰本線と合流。でも、航空写真を見ると反対側の進行方向右側にレールが敷けそうなスペースが工場まで続いていたので、今は途中まで元の専用線を使っているのかもしれない。

ホームに入る。

休憩中のキハ40を見ながら、木造のホーム上屋が歴史を感じる。

13時10分、益田に着いた。左のキハ120は13時24分発の浜田行きで、こちらの到着の直後に入ってきた。入線時に側線で停まっていたキハ40は13時27分発の長門市行きになるようだ。各線接続がいいですね、これが利便性の向上につながる。
次の列車は折り返しの山口線なのだが、益田を出るのが16時39分発なので3時間以上待ち時間がある。さて、どう過ごすか…今回はこんなところで。






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