久留里線の旅 その8(馬来田駅)

木更津へ向けて

8時30分、馬来田に着く。私はここで降りて木更津行きを見送る。

馬来田駅駅名標

途中駅で最初に降りたのはここ馬来田である。久留里線の主要駅の一つだけど、相対ホームを2つ持つ2面2線の駅だったものが2番線は廃され、今は棒線駅になっている。

馬来田は1912(大正元)年の千葉県営鉄道久留里線開業時からの駅で、1923(大正12)年には久留里線国有化とともに馬来田も国鉄の駅となった。貨物、荷物も扱っていたが、戦後相次いで廃止され、民営化を迎える。そして、1995(平成7)年に上記の通り、相対ホームの片方を廃止、棒線化されて現在に至っている。

ここで降りたのは主要駅の一つであったのと万葉集にゆかりがあるからであった。といっても、万葉集に興味が深いわけではない。

久留里方面

久留里方面をのぞむ。レールは外されたが、ホームは残っている。

木更津方面

こちらは木更津方面。緩やかなカーブを描いている。

ホームを折り返すと…

ホームの端が折り返している?

駅舎へのスロープ

駅舎のほうへ下りるスロープになっていた。バリアフリーでお年寄りや身障者にもやさしい造りになっている。

マリーゴールド

ホームにはマリーゴールド。きれいですね。

ブルーベリーの木

馬来田ではブルーベリーの栽培が盛んなこともあり、ホームも木が植えられている。

久留里方から駅全景

久留里側から駅全景を見る。1番線の裏手には貨物線が残っている。ところで、写真のように久留里側は木更津側ではホームの長さが違っていて、旧2番線ホームがかなり短い。これはどういうことなのだろうか?

構内踏切跡?

元に戻る。旧2番線の端にはスロープがあり、下りたところには柵がしてあるので、旧2番線が使用されていたときはここから構内踏切で駅舎側と結ばれていたようである。でも、踏切らしい跡は見られない。

駅舎への階段

駅舎は一段低いところにある。ホームが一段高いところにある?下りていこう。

改札口

地元のボランティアの方が駅の管理や切符の販売をしているようだ。改札のいわゆる「舟」がない。

トイレ
花壇に水やり

ボランティアの方が2人ほどいた。駅の管理やトレイの清掃をしているようだ。

ホームへの階段

改札からホーム。こうして見るとホームは3メートルほど高い。

窓口と券売機跡?

数年前まで行っていた窓口販売を今もしているのかどうか分からないけど、そのままの状態で残されているのは嬉しい。地元の人が撮ったと思われる地域の写真がたくさん貼られているのも自分たちの駅といった感じで好感が持てる。昔はこの緑のボードの部分に券売機があったのだろうか?

乗車駅証明書発行機

乗車駅証明書発行機がある。

久留里線時刻表

駅時刻表ではなく、久留里線時刻表が掲出されている。

ベンチ

待合のベンチ。

ようこそ馬来田へ

ようこそ馬来田へ。10月にはコスモスフェスティバルが催される。

小櫃地区ふるさと祭り
久留里夏祭り

地域の祭りのポスター。あ、久留里夏祭りは今日じゃないですか。

馬来田駅

ようやく外に出る。馬来田駅駅舎。木造の趣きのある駅舎だ。

駅名扁額

近頃大変珍しくなったホーローの駅名扁額。

馬来田駅前。

駅前はちょっと広め。信号の向こうには到着前に渡った派川武田川に架かる馬来田橋がある。すぐそこなのに行かなかった。

向こうは貨物線

奥は貨物線があり、手前にはタクシー会社の待合所がある。

馬来田駅

引いてみるとこんな感じ。

いちごあいさつ

花が咲き、ベンチがある。いちごあいさつ…あいさつは地域のむすびつき、いいですね。ライオンズクラブも全国津々浦々、地域に貢献していますね。

万葉集の歌碑

万葉集の歌碑。他国へ異動となる男性(役人?)の愛する女性への気持ちを詠っている。読み人知らずというのが万葉集らしい。

まくたの里案内図

どうもこの辺りにはこういった歌碑があちこちにあるようなのだが、てっきり駅に備え付けのパンフレットや駅前の地図を見れば場所が分かるようになっているのかと思ったら、そういうものはなかった。どこにあるやら分からないのに、この暑さの中を闇雲に歩いて徒労に終われば、かなりきつい。なので、駅の撮影だけにしたのだ。

榧の木

駅前には大きな榧(かや)の木が立つ。

木更津行き

撮影を終えて5分ほどすると9時26分発の久留里方面から木更津行きがやってきた。前の列車同様、たくさん乗り込む。

次はどこで降りるかな?今回はこんなところで。