久留里線の旅 その5(久留里~上総亀山)

7時20分、久留里を出る。左は7時18分発の木更津行き。

ホームを離れる。ここからは1936(昭和11)年開業の延伸区間に入る。久留里から3つ目の駅が終点・上総亀山である。悲しいけれど、その延伸区間が来年の春に廃止となる。


久々の小櫃川。

田んぼの向こうの竹やぶのところを小櫃川が流れている。付かず離れずでなかなか姿を見せてくれない。

鉄橋を渡る。が、これは小櫃川ではなく、その支流の雨城川だ。

列車は段々畑のさらに上を走っている。久留里からは田んぼもあるが、休耕地のようなところもちらほら見られるようになる。久留里と次の平山の3.1キロの間で標高が10メートル違う。こうしてあらためて乗ってみると最初の開業区間が久留里までというのが何となく分かる気がする。

平山に着く。当時のものではないけど、国鉄駅名標が嬉しい。この駅も棒線駅で、奥が駅舎、手前がトイレとなっている。駅前には大木が並び、ホームには手入れされた花々が彩りを添える。

ホームには木造の待合室がある。

駅の反対側には田んぼが広がる。暑い中の農作業、熱中症にだけは気を付けてください。

右手に見える鳥居は大原神社の一の鳥居だ。上の写真の中央に見える杜が大原神社である。奈良の春日大社を勧請したというから由緒ある神社であることが窺える。


蛇行する小櫃川を渡る。水が濁って見える。前日に関東地方の広い範囲で降った大雨のせいだろう。

新しい道路を建設しているようだ。

きれいに剪定された木々の植え込みや駅との境界に枕木を柵代わりにしている様子を見ていると懐かしさを感じる。

上総(かずさ)松丘に着く。「岡」ではなく、「丘」となっている。ロッジ風の駅舎は落ち着きがあっていい。ここも平山と同じく構内の草木がよく手入れされている。ここで降りていく人が数人いた。

ここも国鉄風駅名標を使っていて、ぱっと見国鉄駅と変わらない。

ふと反対側を見ると廃ホームがあり、今は桜の木などが植えられている。一方、駅舎側のホームは駅舎とホームの間に不自然なスペースがある。つまり、駅舎寄りのホームは島式で今は片側だけ使っている状況だ。これと廃ホームを合わせてかつては2面3線の駅だったことが分かる。

上総松丘を出ると田んぼが見られなくなる。

そして、急勾配とカーブが続く。

左右が狭まってきて、なんだか山岳路線のようになってきた。

久留里線最初のトンネル・三本松トンネルに入る。長さは分からないけど、短いので出口は入る前から見えている。

沿線住民の方々の悲痛な叫び。

進行方向左側は山、右側は小櫃川のおかげで若干の平地がある、そんなわずかな平たいところを走っている。谷が深いのか、こちらが高いのか。

木々に隠れて分かりづらいけど、ここで県道24号、久留里街道が跨いでいく。

2本目のトンネル・名殿(などの)トンネルに入る。先ほどの三本松トンネルより長い。でも、こちらも既に出口が見えるほどの短さ。これで久留里線のトンネルは以上ですが、列車は勾配をさらに上っていく。

これだけ見るとまるで北海道の原野を見ているようだ。

線の中も草ボウボウ。夏草は成長するのが早いので厄介だ。そして汽笛一声、第4種踏切を通過する。

国道465号をくぐる。

かつて分岐していたレールがポイント部分だけ分断されて、あとは残されているのが見える。

7時38分、終点・上総亀山着。レールは少し延びていて、この先があるかのようだが、久留里線はここで終わりです。
上総亀山から繋がる予定だった上総中野までだと国道465号でひと山越えて14キロ余、20分程度で行くことができる。このくらいの距離ならつなげることはできなかったのだろうか。峠越えは厳しいということなのだろう。上総亀山は標高99メートルで久留里線でもっとも高い位置にある。でも、地図で見た限りではこの先の山越えはもっと高そうに見える。建設が進まなかったのも無理はない。

駅名標。

名所案内。

6月28日、折りからの台風7号、8号による被害で上総松丘-上総亀山間で盛り土が流出した。廃止対象の区間ではあったが、7月10日に無事復旧したという案内。廃止まで1年を切った区間ではあるけど、放置して廃止とはせずに復旧させたのはありがたいことである。

上総亀山駅。小ぢんまりしたかわいらしい木造駅舎だ。


元は島式ホームの1面2線と右側に1本ある引き込み線ともどもレールが繋がっていた。が、今は列車が停まっているこの線路のみが使用されている。それに伴って棒線化された。
折り返しはわずか15分、7時53分発の木更津行きとなって戻っていく。私もこれに乗る。ここからは気になる駅で降りていこうと思う。今回はこんなところで。







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